北辰一刀流兵法は「総合武術」の流派として、江戸時代(1603-1868)後期の1820年初め、剣聖千葉周作成政によって創始されました。その教えは現在まで途切れることなく引き継がれてきました。現存する古流の中でも他流試合の伝統を守り続ける、数少ない流派の一つです。
北辰一刀流は周作の「天下無双」の兵法ゆえ、創始後まもなく日本史上最強の流派に君臨し、神道無念流や鏡新明智流とともに「江戸三大流派」と呼ばれました。各々の流派は多くの師範と門人が所属しており、全国津々浦々に支部道場を有していました。
創始以来、北辰一刀流では剣術のみならず、抜刀術、長刀術、撃剣に及ぶまで総合的な兵法を教授しています。同時代の流派の多くは一つの術を軸にしていました。理論に基づく体系的な指導法こそ、実践における強さの秘密だったのです。実践第一の当流では、生死を分かつ状況や戦いの場における生き残り方を説いています。しかしその教えは戦い方を通して「生きるとは何か」の問いを導く哲学的要素を多分に含んでいます。
“武を学ばんとする者
まず心を正せ
心正しからざれば
武の道また正しからず
剣は人を斬るに非ず
身をおさめ行いを正す
これ正剣なり
邪剣は人を失い
正剣は人を救う
これ宝なり
この道を学ぶ者
常に天恩を感じ
神を敬い
祖先を尊び
恥を知るの念
寸時たるとも
忘ることなかれ
右の六に固く相守る
天地神明に誓いて
いはいい為さざること”
北辰一刀流兵法開祖 千葉周作平成政 (1792-1855)
激動の幕末時代(1853-1868)に刀と心をもって日本史を形作った武士の多くが、北辰一刀流を学んでいました。徳川家、大名、旗本などの幕府や政に影響を持っていた役人がその一例です。北辰一刀流は幕末における講武所、徳川幕府の陸軍士官学校の主要流派となっていました。明治時代(1868-1912)には警視庁にて引き続き教授していました。
大正時代(1912-1926)北辰一刀流の剣士達は、神道無念流、鏡新明智流、心形刀流、直心影流の剣士らと共に、日本政府の命を受け、現代剣道の発展に大いに寄与しました。当時の一流の剣道家の多くが北辰一刀流の影響を受けていたため、現代剣道の技と哲学には当流の指導内容が色濃く反映されています。今日でも、全日本剣道連盟は剣道の起源として北辰一刀流を挙げています。
現在、北辰一刀流は世界中に拠点を構え、道場、稽古場、同好会にて熟練した師範や指導員のもとで学ぶことができます。また開祖 千葉周作の教えを受け継ぎ、七代目宗家 大塚龍之介政智が世界各国にて、流派に命を捧げるべく日々後進の指導にあたっています。